このごろ思うことなど

ふと思ったこと、思いついたこと、作ってみたものなどについて書いています。

家作りの思い出 ―土地を買う―

 就職して初めて実家を離れ、寮に入った。その後結婚してアパートに住み、社宅に移り、転勤してまた社宅に入り、また転勤で戻ってきてまた社宅に入った。社宅の入居期限は5年。2年が経過して息子が小学1年、娘が幼稚園の年中になったころ、家について考え始めた。夫婦とも地方の出身で、実家が戸建だったこともあり、どうにもマンションを買う気が起きなかった。価格、広さ、立地で比べれば、マンションの方が良いことは分かっていても、集合住宅にはちょっと抵抗があった。「集合住宅」という物言いに、マンションにお住まいの方は異論があるかもしれない。アパートと一緒にするなと。確かに、知人のマンション、それも最上階に遊びに行ったときは、なるほどマンションもいいものだと思った。けれども、家を買うからには終の棲家だという思い込みもあり、自分ひとりの意思では立替もできないのは不自由だといった思いもあり、一戸建てを建てることを決意した。
 まず、土地探しを開始した。一戸建てなら建売でもいいはずだが、注文建築への憧れがあった。週末に何度も不動産屋に通い、2,3箇所ずつ土地を見てまわった。少なくとも10箇所以上は見たと思う。土地の値段というのは、なかなか上手く決められているものだと感心した。これはいいと思うところは必ず予算オーバーだったし、お買い得と思えるようなところは、行って見るとすぐそばに高圧線の鉄塔が立っていたりした。結局のところ万人にとってお買い得な土地などというものは無く、何が許せるかによって、その人にとってちょっとお買い得な土地が決まるのだと思う。鉄塔は気にしないとか、隣がお墓でもOKとか。私は、坂の上で数メートルの擁壁の上の土地を、気にせず買うことにした。
 業者が建売にするつもりで、どこかの社宅を取り壊して土地を造成しているけれど、土地だけ売ってもらうように交渉してもいい、と不動産屋が言うので話を聞いてみた。まだ社宅があって、どんな土地になるのかはっきりとは確認できなかったけれど、図面を見て買うことに決めた。その跡地は5区画に分譲される計画で、まだどこも売れていなかったので、選ぶことができた。擁壁はあったけれど、おかげで2方向が開けている土地に決めた。値段は、建売の値段から1300万円程度引いた値段で交渉してもらうことになった。つまり、建売の家が無い分値引きするということだ。そのぐらいが相場だと不動産屋が言うのでそうしたが、良く分からなかった。建売は、同じ材料を大量に調達して建てるのでコストが安いのだというような説明を受けたが、それにしてもその値段で、チラシに掲載されている間取りの家が建つとは思えなかった。だまされているような気がしないでもなかったが、土地の値段そのものは、それまで見てきた土地と値段の関係を考えると、それほど高い気もしなかったので、それ以上値切るのはやめにした。
 後日、業者もその値段でOKし、めでたく購入が決まった。後で聞いたところでは、他の4区画もその後2週間程度で建売で売れてしまったらしい。不動産屋の店頭に並んだり、チラシに載ったりするのは売れ残りの物件だとは良く聞く話ではあるが、実際そのようだった。
 住宅金融公庫は土地だけではお金を貸してくれないので、とりあえず土地代は全額銀行のローンを借り入れ、後から家と土地を合わせた金額を公庫と財形のローンで借りて、銀行のローンの大半を返済することにした。
 次は家だ。